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ベンゾジアゼピン断薬への道のり

ベンゾジアゼピンの薬害や減薬・断薬のプロセスの中で思ったことを綴ります。

メンタルクリニックを変えました

またまた、メンタルクリニックを変えましたので、そのエピソードを紹介します

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前のクリニックでのエピソード

医者の言葉は、言われたままを記載しています。

エピソード1

成育歴を事細かに聞いた後、「病気じゃないね。性格の問題だよ」と言われました。「性格の問題の方が厄介なんだよ」とも言われました。

エピソード2

[医者]リーマスもやめてもいいんじゃない(ロナセンはすでにやめていました)
[私]どんなスケジュールでやめたらいいでしょうか?
[医者]依存性はないから、大丈夫だよ

エピソード3

[私]リーマスやめました
[医者]いっぺんにやめたの?大丈夫かな?

エピソード4

[医者]今、働いてるの?(何度も同じことを聞かれました)
[私]週2で働いてます(初診時から何回も言っている事です)

エピソード5

[医者]職場で困ってることはない?
[私]特にありません。
[医者]環境がいいんだね。

他にもいろいろエピソードはありますが、一事が万事、こんな感じです。あまりにもいい加減すぎて、うんざりしてしまいました。

近所に新しいメンタルクリニックが開業しました

地域新聞に内覧会の広告があったので行ってみました。

クリニックの建物の前には、男性が二人立っていて、ビルに入ろうとしたら丁寧に案内されました。バックに力のあるスポンサーがいるのではないかと推測されます。

院内に入ると、丁寧な対応でスタッフに設備を案内されました。医師が出てきたので、紹介状がなくても転院は可能ですかと聞いたところ、あった方がいいですが、なくても診ますよと言われました。

早速予約をと促され、予約を入れました。自立支援を持っているかと聞かれたので、もうすぐ期限が来るが、今の医者は診断書を書いてくれないようだと言うと、「私は書きますよ」と言われました。

初診時のエピソード

まずは、スタッフによる問診がありました。

発症からの大まかな経緯と、転院したい理由・ベンゾジアゼピン減薬中である旨を伝えました。「本医院に期待している事は?」と聞かれたので、ベンゾジアゼピンの減薬断薬を理解していただき、応援していただきたいと伝えました。

次に、医師の診察がありました。

ベンゾジアゼピン減薬断薬の希望は理解し、受け入れてくれている様子でした。前の病院で、私を発達障害と疑っている様だとスタッフに伝えたので、一応問診されました。

[医者]こだわりとかありませんでしたか?
[私]こだわりってどういうことですか?
[医者]例えば、電車が好きで、電車の本ばかり集めていたとか・・・。
[私](内心「はぁ?」と思いながら)ありません。

どうやら発達障害ではないらしいと思ってもらえたようです。そして、ベンゾジアゼピンの減薬のやり方を説明し始めたので、ついそれを遮って、今の服薬量(ベンザリンは現在2mgを1錠+10/16錠)を説明してしまいました。

[医者]中途半端な減薬量ですね。ベンザリンは半分にしてみましょうか
[私]自分で考えて、納得した上で決めているので、今のまま続けます。
[医者]セオリーとしては、ハルシオンから先にやめるのがいいんですよ。
[私]はぁ・・・。
[医者]まあ、自分で試してみたください。一応セオリーとしてはね・・(あなたのやり方は違うんだよと言いたいのでしょう)

言っていることが「アシュトンマニュアル」と真逆なので、内心「何言ってんだ、こいつは・・」と思いましたが、へそ曲げられると厄介なので言いませんでした。ちなみに、内覧会の時に言っていた自立支援の診断書の件については何も言われませんでした。

次回診察の対策

処方箋を書いてもらいに行くたびに「セオリーは・・」などと言われると不愉快ですし面倒なのですが、初診時のように不用意に言葉を遮ってしまうと、医者のプライドを傷つけてしまい、結果的に余計なトラブルの元なので、次回は、次のようなアプローチでやってみようと思っています。

[前回の診察後の状態を伝える]
正直、「余計なことは言わなくていいです」と言いたいところですが、それは言えないので、「特に困っている事はありません」と言おうと思っています。
[希望を伝える]
「前回と同じお薬を28日分、お願いします」と、丁寧かつキッパリと言おうと思っています。

さて、どういう反応をするのでしょうか?本当に、精神科医には苦労されられますね。

次回の診察時の様子は、また、記事にしようと思っています。

追記 2回目の診察の様子

2回目の診察は、拍子抜けするくらい簡単で、現在の減薬量を報告して終わりでした。全く的外れな、余計な心配でした。

薬局も、50過ぎの私に「妊娠・授乳してますか?」などど聞くようなストレスフルな店はやめて、年配の薬剤師がやっている馴染みの店に変えました。

これで安心して減薬に取り組めそうです。

 

自己紹介

精神科通院歴22年。現在も通院中です。第2子出産後にうつ病を発症。薬を飲んでもうつ病は全く改善されず、考えられない程の大量処方で人格崩壊。双極性障害Ⅱ型にされました。
精神科医を信じて、一生薬を飲むつもりでしたが、ある人に「薬は飲まなくていい」と言われ、調べ始めたのがキッカケで、精神医療の闇に気付きました。
現在は、ベンゾジアゼピンのみ服薬中。
当ブログでは、ベンゾジアゼピン減薬・断薬の経過記録と精神医療の闇に関する情報を発信しています。
※情報が正しいという保証はありません。
※減薬・断薬の経過は個人的なものです。

ベンゾ減薬 経過記録 その4

主な症状は、動悸・肩こり・頭痛・眠気・息苦しさです。今回は、症状についてと、生活する上で心がけている事や毎日の過ごし方について書きます。

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服薬量

2017年2月11日~2017年3月10日

ベンザリン 2mg 1錠+12/16錠(減薬率 12.5%)
ハルシオン 0.125mg 2錠 (減薬率 0%)

2017年3月11日~

ベンザリン 2mg 1錠+11/16錠(減薬率 15.6%)
ハルシオン 0.125mg 2錠 (減薬率 0%)

症状と対処

動悸は目が覚めた瞬間から夜寝るまで一日中続いています。動悸と言っても、たぶん普通の人が知っている動悸とは全く違うと思います。心臓全体と、脳・顔・首などの全血管がドンドン・ドクドクと強く不快に脈打つ感じです。前はすごくイヤでしたが、今はあまり気にならないこともありますし、つらくて仕方ない時もあります。動悸がつらくて、出かけるのはどうしようかなと思っても、出かけてみると案外大丈夫だったりします。

眠気はつらい時と、あまり感じない時があります。眠気がひどい時は目を開けていられません。つらい時は布団に入っています。布団に入っても、眠れる時もあるし、眠れない時もあります。眠気も、出かけたりすると大丈夫だったりします。

息苦しさは、時々感じることがありますが、普段はほとんど気になることはありません。眠気が強い時は、息苦しさも強いように感じます。

特別、原因や対策などは、あれこれ考えず、その時の気分や体調に合わせて過ごしています。仕事は辞めずに、週2日、出勤しています。

症状をあまり気にしなくなった理由らしきこと

3~4年通った精神科のデイケアでたまった本や紙類を処分したくて断捨離を始めました。身の回りに無駄なものが溢れている事に気が付きました。処分した結果、無駄なものに囲まれていると、ものすごく息苦しく、ストレスが溜まることに気が付きました。物だけでなく、人間関係の無駄も捨てようと思い、終活(エンディングノートを書くこと)を始めました。

終活を始めてみると、自分にとっていちばん大切なことが少しずつ見えてきました。自分にとって本当に大切な人は誰なのか、自分はどうしたいのか。そして、自分の思うように生きるために、他人に依存しない生き方を目指すようになりました。その結果、「やりたい事を、やりたい時に、やりたいようにやる」ことが少しずつできるようになってきました。

結局、今の自分があるのは、誰の責任でもなく、いろいろな場面で自分自身が決断した結果だと納得できたので、離脱症状も受け入れることができたんだと思います。

心がけている事

「やりたい事を、やりたい時に、やりたいようにやる」

日によって、また、1日の中でも時々刻々と体調が変化し、気分も変わるので、その時々で、できる事・やりたい事をやる様にしています。先の予定はなるべく決めず、やらなくちゃいけないという「義務感」で行動しない様にしています。

「話の通じる人と話す」

人それぞれ、関心を持っている事が違います。自分と相手とが共通して関心のある話をすると、話が通じ、盛り上がって楽しいです。ひとりでも話の通じる人がいると、他に話の通じない人がいてもテキトーに付き合えるようになります。但し、話が通じる事と、こころが通じる事とは、全く違うことなので、それは勘違いしないよう気をつけています。

「あいさつ」

以前、あいさつについてのブログを書きました。

sayonarabenzo.hatenablog.com

あれから数ヶ月、私が目の前にいても、無言で出かけていった夫が、最近、ベランダで洗濯物を干している私に、わざわざベランダまでやってきて「行ってきます」と言ってくれて、本当にうれしかったです。自分が変われば、相手も変わるのだと、実感した出来事でした。

家族・会社の人・近所の人など、あまり付き合いたくないような人がいても、あいさつはするようにしています。なるべく明るく大きな声ですると、自分も気分がいいです。あいさつをするだけでずいぶん居心地が良くなり、自分の居場所ができるように感じます。

今の関心事と楽しい事

「政治」

新聞を読むようになって、いろいろなニュースを見聞きするうちに「どうして『国』というものができたんだろう」「『国』って本当に必要なんだろうか」と、疑問に思うようになりました。今は、本などを読んで、勉強しています。

「物作り」

文章を書くのが好きなので、ブログを書いています。会社では、勉強をさせてもらいながら、WEBサイトの製作に参加させてもらっています。知らなかった事を知ったり、できなかった事ができるようになるのは、とても楽しいです。

最後に

この先どうなるかは誰にもわからないけれど、毎日を大切にして、これからの人生を自分のために楽しく生きたいと思っています。

自己紹介

精神科通院歴22年。現在も通院中です。第2子出産後にうつ病を発症。薬を飲んでもうつ病は全く改善されず、考えられない程の大量処方で人格崩壊。双極性障害Ⅱ型にされました。
精神科医を信じて、一生薬を飲むつもりでしたが、ある人に「薬は飲まなくていい」と言われ、調べ始めたのがキッカケで、精神医療の闇に気付きました。
現在は、ベンゾジアゼピンのみ服薬中。
当ブログでは、ベンゾジアゼピン減薬・断薬の経過記録と精神医療の闇に関する情報を発信しています。
※情報が正しいという保証はありません。
※減薬・断薬の経過は個人的なものです。

ベンゾ減薬 経過記録 その3

ベンザリン減薬率 12% 現在の症状と今後について

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現在の服薬量

ベンザリン 2mg  1錠+12/16錠 (減薬率 12%)
ハルシオン 0.125mg  2錠 (減薬率 0%)

症状

第4段階の減薬から4日経った日の事です。減薬後の最初の出勤日でした。

通勤の電車の中では、いつも本を読んでいましたが、その日は眠気がきつく、目を開けていることができませんでした。

それまで、仕事中には気にならなかった動悸もかなりひどくて、打合せ中も、目を開けているのが本当につらかったです。

睡眠は問題なく取れています。入眠困難はなく、とても気持ちよく眠りに入ることができていますし、中途覚醒早朝覚醒もありません。

それなのに、目を開けていられない程の尋常ではない眠気です。

私の場合、精神症状は全くありません。会社や家庭での人間関係も、とても良好だし、不安で仕方がないとか、訳もなくイライラするということもありません。

しかし、体が辛すぎるのです。そろそろ仕事は辞めどきかもしれないと感じました。

週2日とはいえ、担当している仕事もありますし、いきなり辞めるわけにはいかないでしょう。今の体調を考えたら、今月中には結論を出して、会社に伝えるようにしたいと思っています。

1日の活動時間が、減薬を進めていく毎に、確実に減っています。食事や身の回りのことをする時間を除くと、やりたいことができる時間は、2、3時間程度しかありません。これまでにも増して、1日1日を大切に、本当にやりたいことだけを厳選して、実行していこうと考えています。

自己紹介

精神科通院歴22年。現在も通院中です。第2子出産後にうつ病を発症。薬を飲んでもうつ病は全く改善されず、考えられない程の大量処方で人格崩壊。双極性障害Ⅱ型にされました。
精神科医を信じて、一生薬を飲むつもりでしたが、ある人に「薬は飲まなくていい」と言われ、調べ始めたのがキッカケで、精神医療の闇に気付きました。
現在は、ベンゾジアゼピンのみ服薬中。
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※情報が正しいという保証はありません。
※減薬・断薬の経過は個人的なものです。

NHK あさイチ 2月6日放送「知ってほしい・・・。“いじめ後遺症”」に関する意見を、BPO 放送倫理・番組向上機構に送りました

NHK あさイチ 2月6日放送「知ってほしい・・・。“いじめ後遺症”」に関する意見

NHK あさイチ WEBサイト URL]

www1.nhk.or.jp

あさイチ WEBサイトより引用]
専門家の治療を受け、「自分は悪くない」と思え、また自尊感情を高められたことで“いじめ後遺症”から脱出できた女性をご紹介しました。
[引用 ここまで]

放送された再現VTRは、心療内科に行き、医師に、親身に話を聞いてもらい、励ましてもらったり、褒めてもらったりして、自尊感情を高められ、“いじめ後遺症”から脱出できた、という内容でした。
薬を処方されたかどうかについては、全く触れられていませんでした。

しかし、基本的に、医師(手術等を行う医師以外)は、症状を聞き、診断名を決めて、薬を処方するのが仕事なのではないでしょうか?
精神医療の現場に身を置く臨床心理士も、同じ意見の方がおられました。
VTRのように、薬も処方せず、親身に話を聞くことで治療するというのは、非常に非現実的であり、考えにくいと思います。


心療内科や精神科では、診断のための科学的診断根拠がないため、検査もなく、診断名が決められています。(他科の病気ではないことを確認するための検査はする場合があります)また、他科と同様に、3分診察である場合がほとんどです。

今回の放送を見た方の中には、心療内科や精神科へ行けば、親身に悩みを聞いてもらえて、苦しみが楽になると、期待された方が多くおられると思います。
重大な誤解を与える、不適切で無責任な内容であり、断じて許すわけにはいきません。
特に、NHKであるという点も、大きな問題であると考えます。何故なら、民放に比べ、信頼感が高いからです。

いじめがまん延している中で、この放送を見て、自分も“いじめ後遺症”なのでは?と思い、救いを求めている方を、心療内科・精神科に誘導する、危険で無責任な放送内容ですので、厳しく抗議致します。

(投稿は500字以内のため、実際に投稿した内容は以下です。)
知ってほしい・・・。“いじめ後遺症”で放送された再現VTRは、心療内科に行き、医師に親身に話を聞いてもらい励ましてもらったり褒めてもらったりして自尊感情を高められ“いじめ後遺症”から脱出できたという内容でした。薬を処方されたかどうかについては全く触れられていませんでした。
医師は、症状を聞き診断名を決めて薬を処方するのが仕事なのではないでしょうか?VTRのように、薬も処方せず、親身に話を聞くことで治療するというのは、非常に非現実的であり、考えにくいと思います。
心療内科や精神科では、診断のための科学的診断根拠がないため、検査もなく、診断名が決められています。
(他科の病気ではないことを確認するための検査はある)他科と同様に3分診察である場合がほとんどです。
今回の放送を見た方の中には、心療内科や精神科へ行けば、親身に悩みを聞いてもらえて、苦しみが楽になると、期待された方が多くいると思います。重大な誤解を与える、不適切で無責任な内容です。この放送を見て、自分も“いじめ後遺症”なのでは?と思い、救いを求めている方を、心療内科・精神科に誘導する、危険で無責任な放送内容ですので厳しく抗議します

自己紹介

精神科通院歴22年。現在も通院中です。第2子出産後にうつ病を発症。薬を飲んでもうつ病は全く改善されず、考えられない程の大量処方で人格崩壊。双極性障害Ⅱ型にされました。
精神科医を信じて、一生薬を飲むつもりでしたが、ある人に「薬は飲まなくていい」と言われ、調べ始めたのがキッカケで、精神医療の闇に気付きました。
現在は、ベンゾジアゼピンのみ服薬中。
当ブログでは、ベンゾジアゼピン減薬・断薬の経過記録と精神医療の闇に関する情報を発信しています。
※情報が正しいという保証はありません。
※減薬・断薬の経過は個人的なものです。

双極性障害の科学的根拠について

私は、双極性障害Ⅱ型と診断され、一生薬を飲み続けるようにと言われていました。薬をやめ、冷静になった今、双極性障害について、改めて調べてみました。

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双極性障害の科学的根拠

 双極性障害の科学的根拠については、複数のサイトで

「科学的根拠は明確ではない」

と、記載されていました。

www.sigmaaldrich.com

現在の研究トレンド

双極性障害の神経化学的根拠を説明する広く認められている仮説は、まだありません。同様に、気分安定薬としてのリチウムと抗けいれん薬の使用に伴う作用メカニズムも、その多くは依然として不明です。リチウムが神経終末において脱分極誘起性のカルシウム依存性ドーパミン、ノルエピネフリン放出を阻害することを立証した研究があり、それはまた、セロトニン放出を過渡的に促進している可能性があります。さらに、リチウムはイノシトールモノホスファターゼを阻害してホスファチジルイノシトール経路を妨害しますが、この作用が双極性障害の効能に与える影響は明確ではありません。

 

それに反し、

双極性障害に関する明確な科学的根拠」

が記載されているサイトは、どこを探してもありませんでした。

医学論文検索サイトも検索してみました。医療関係者ではないので、タイトルしか見ることはできませんが、「双極性障害」ありきという前提で、「どの薬がどう作用するか」とか、「病識を持たせるにはどうしたらいいか」といった類の論文ばかりで、正直ガッカリでした。

そういった中では、次の雑誌が目に留まりました、

家族機能研究所の雑誌『アディクションと家族29巻4号【特集】「双極性障害」の真実』

いずれにしても、「双極性障害」ありきではなく、はっきりと「双極性障害の科学的根拠」が確立されているなら、正々堂々と公表していただきたい。

 

双極性障害の診断基準

 あるサイトに、双極性障害の診断基準が書いてありましたので、引用します。

seseragi-mentalclinic.com

3.双極性障害の診断基準でチェックする

Ⅰ.躁病エピソード

ではまずは躁病エピソードの診断基準をみてみましょう。各診断項目を紹介し、説明も加えます。

A.気分が異常かつ持続的に高揚し、開放的または易怒的となる。加えて、異常にかつ持続的に亢進した目標志向性の活動または活力がある。このような普段とは異なる期間が、少なくとも1週間、ほぼ毎日、1日の大半において持続する(入院治療が必要な場合はいかなる期間でもよい)。

 躁状態は気分の異常な高揚が認められます。これは「気分高揚」「爽快気分」などと表されます。また怒りっぽくなるという気分の上がり方をすることもあります。短時間の気分の高揚であれば正常な心因反応である可能性もありますが、躁病エピソードではこのような気分が持続的に認められるという事が1週間以上続きます。

B. 気分が障害され、活動または活力が亢進した期間中、以下の症状のうち3つ(またはそれ以上)(気分が易怒性のみの場合は4つ)が有意の差をもつほどに示され、普段の行動とは明らかに異なった変化を象徴している。

(1)自尊心の肥大、または誇大
(2)睡眠欲求の減少(例:3時間眠っただけで十分な休息がとれたと感じる)
(3)普段よりも多弁であるか、しゃべり続けようとする切迫感
(4)観念奔逸、またはいくつもの考えがせめぎ合っているといった主観的な体験
(5)注意散漫(すなわち、注意があまりにも容易に、重要でないまたは関係のない外的刺激によって他に転じる)が報告される、または観察される
(6)目標指向性の活動(社会的、職場または学校内、性的のいずれか)の増加、または精神運動焦燥(すなわち、無意味な非目標指向性の活動)
(7)困った結果につながる可能性が高い活動に熱中すること(例:制御のきかない買いあさり、性的無分別、またはばかけた事業への投資などに専念すること)

 躁状態でよく認められる症状が出現しているかを確認する項目です。上記の多い症状が3つ以上(易怒性のみの場合は4つ以上)ある場合、この項目を満たすことになります。

C.この気分の障害は、社会的または職業的機能に著しい障害を引き起こしている、あるいは自分自身または他人に害を及ぼすことを防ぐため入院が必要であるほど重篤である。またはまたは精神病性の特徴を伴う。

ただ気分が高くなっているだけで誰も困っていないのであれば問題ありません。躁病エピソードと診断するためには、「本人あるいは周囲の生活に著しい支障が生じている」という事が重要です。

D.本エピソードは、物質(例: 乱用薬物、医薬品、または他の治療)の生理学的作用、または他の医学的疾患によるものではない。
注: 抗うつ治療(例:医薬品、電気けいれん療法)の間に生じた完全な躁病エピソードが、それらの治療により生じる生理学的作用を超えて十分な症候群に達してそれが続く場合は、躁病エピソード、つまり双極Ⅰ型障害の診断とするのがふさわしいとする証拠が存在する。

 ここでは、「躁病エピソード」についてのみ引用しました。軽躁病エピソード、抑うつエピソードについても記載されています。

ここに引用した内容をみても、解釈によっていかようにも取れるような、定義があいまいな文言が多くあることがわかると思います。

文言1)『気分が異常かつ持続的に高揚し、開放的または易怒的となる。』

「気分の異常な高揚」とは、どういう状態を指しているのでしょうか?

文言2)『異常にかつ持続的に亢進した目標志向性の活動または活力がある。』

この文言の意味が、何を指しているのか、全く理解不能です。

文言3)『普段の行動とは明らかに異なった変化を象徴している。(1)~(7)』

「普段の行動」に関する定義が、全くあいまいではないでしょうか?

文言4)『躁病エピソードと診断するためには、「本人あるいは周囲の生活に著しい支障が生じている」という事が重要です。』

「生活に支障があるかないか」が、病気の基準であるというのは、科学的といえるのでしょうか?

 

他にも、疑問点をあげればキリがありません。

是非とも、すべての人が納得できるような、科学的根拠を示して頂きたいと切に願います。(もし、双極性障害という病気が本当に存在するのであれば、ですが。)

最後に

障害の原因に関する科学的根拠が確立されていないにも関わらず、脳や体に作用する化学物質、しかも脳や体にどんな影響を与えるのか、確実に検証されていない化学物質を、安易に投与するのは、危険極まりない行為です。是非ともやめていただきたい。

また、双極性障害だけでなく、他の「精神障害」についても同様に、きっちりと科学的根拠を示していただきたい。

これが、20数年、薬漬けにされて精神に異常をきたし、薬をやめて、やっと人間らしい生活を取り戻した、私の切なる願いです。

自己紹介

精神科通院歴22年。現在も通院中です。第2子出産後にうつ病を発症。薬を飲んでもうつ病は全く改善されず、考えられない程の大量処方で人格崩壊。双極性障害Ⅱ型にされました。
精神科医を信じて、一生薬を飲むつもりでしたが、ある人に「薬は飲まなくていい」と言われ、調べ始めたのがキッカケで、精神医療の闇に気付きました。
現在は、ベンゾジアゼピンのみ服薬中。
当ブログでは、ベンゾジアゼピン減薬・断薬の経過記録と精神医療の闇に関する情報を発信しています。
※情報が正しいという保証はありません。
※減薬・断薬の経過は個人的なものです。

『精神障害』が社会に定着しつつあることに不安と怒りを感じます

ニュースで、「障害者と一緒に働くにあたり、障害者とどう接したらいいか」を従業員に知ってもらうための取り組みを紹介していました。今回は『精神障害』について考えを書きました。

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精神障害者』として認定されたい人たちもいる

精神障害者として認定してもらいたいと考えている人は、少なからずいると思います。

「自分は精神障害」「薬がなくては生きていけない」「働くのは不安」さまざまな思いで、認定を受けていると思います。

かつて、私もそうでした。それでもなんとか働きたいと、障害者就労支援事業所に通ったこともあります。

しかし、向精神薬をやめた今、『精神障害』は、社会や精神医療によって作られたものだと確信しています。

「薬がなくては生きていけない」というのは、医者に思い込まさていた、間違った情報だったのです。事実、私は、薬をやめてから、いろいろな意味で、安定した日々を送っています。

 

精神障害』について調べてみた

有益な情報を発信するためというよりは、宣伝・集客のため、あるいは、アクセスしてもらうことでお金を稼ぐために存在するネットの世界の中で、私が比較的信頼しているのが、wikipediaです。

wikipediaには、『精神障害』について、以下の記述があります。(文字を太字にしたのは私です)

症状を呈する原因としては、先に甲状腺機能の異常や栄養欠乏、また脳損傷英語版など医学的に生じているとか、医薬品向精神薬によって薬理学的に生じているといった状態を除外して、それ以外の固有の症状であると仮定される。つまり精神の障害は、髄膜炎内分泌疾患などの身体疾患によって引き起こされる場合もあるし、単にアルコールカフェイン、また精神科の薬によって薬物の作用で生じている場合もある。それ以外にストレスによって生じたり、脳の機能的な変調によって生じている可能性もある。決定的な原因は判明しておらず、様々な仮説が検討されている状態である[5]

従って、精神障害を診断するための合意された生物学的指標(検査)は存在しない[7]。つまりいまだ、診断のための理解という部分から十分に高度というわけではなく、その基礎となる脳の研究の進展を要請している段階である[7]。軽い日常的な出来事が医療化されることに弱く、製薬会社による病気喧伝も加わって患者の数が激増している。金融危機より先に先進国各国で患者数が増加し、薬物治療は人々を復帰させていない[8]治療法も決定的なものは存在しない。自然に軽快することもある。

  『精神障害』について、確立された診断基準は、存在しないのです。

それでも、精神的に追い詰められて、精神科へ通い、薬を飲みながら、なんとか仕事に行き、または、休職・復職を繰り返したり、最後には退職に至る人も多いのではないでしょうか?

どうしてそんな事が起こるのでしょうか?「薬を飲む」ことや「『精神障害者』と認定される」ことで、「こころのつらさ」や「生きづらさ」は解決するのでしょうか?

私の場合は、薬は精神状態や健康状態を、ますます悪化させる原因でした。

 

精神障害』から抜け出す人が1人でも多くなってほしい

 『精神障害』から脱却し、恐ろしい精神医療の呪縛から解放されるためには、今までの価値観に疑問を持つ事が大切ではないかと考えています。

「上司や同僚、部下が帰らないから帰るわけにはいかない」

「もっともっと頑張らないと評価してもらえない」

「定時で帰るなんて、仕事を舐めてるのか?」

「理想のおかあさんにならないといけない」

「家事育児は女の仕事」

「家族のために我慢して働かなくては」

などなど、私たちは、他にも、もっともっとたくさんのさまざまなプレッシャーに囲まれて生きています。それはほ、とんどが理不尽で、他人本意なものです。自分を殺して生きるのが「常識人」と考えられています。私たちは、自分のためにやりたいことをするのではなく、他人の目を気にするあまり、意に沿わない事ばかりをしていると、だんだんと心が病んでくるのです。

しかし、それは本当に自分にとって、大切なことでなんでしょうか?本当にそうしたいと思ってやっていることなんでしょうか?

自分で自分を追い詰めていることが、『精神障害』『精神疾患』の根本原因だと、私は考えています。

「他人の目を気にしない」

「自分のために生きる」

というのは、言うほど簡単なことではありません。しかし、自分を守るためにはどうしても必要なことなのではないでしょうか?

人に期待されたり頼られたりするのは、とても嬉しいことです。しかし、あくまでも「自分のできる範囲」であるのが前提ではないでしょうか。私は、自分が「常識がない」「変わり者」「偏屈」などと思われて、孤独になることを恐れるより、自分に正直に生きることを選び、『精神障害者』をやめました。

精神医療のまやかしに気付き、世の中から『精神障害者』が、1人でも少なくなることを願っています。

【イラダン問題も解決するかも?!】家族関係をツイッターに置き換えてみたら意外と面白かった

最近、某ラジオ局で「イライラするダンナ=イラダン」という企画をやっていて、好評らしい。それを聞いて、家族関係をツイッターに置き換えみたら面白かったので書いてみた。

 

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 ツイッターにおける私のスタンス

まず、フォローしたい人を探す。ほとんどは偶然の出会いが多い。

見つけたら、プロフィールを見たり、ツイートを少し読んだりして、気に入ったらフォローする。

タイムラインは、ガッツリみる人もいるだろうが、私は基本、気が向いた時に少しだけ読む。

時々に、自分が感じたり考えた事をツイートする。

ツイートは、見てくれるなら見てくれてもいいし、興味がなければ、スルーでいい。気に入ってくれた人からは「いいね」してもらえる。時たま、お返事をくださるフォロワーさんがいるので、お返事に「いいね」したり、返信したりする。

フォローはしてみたものの、「なんか…、なんかな〜…」(「べっぴんさん」のすみれみたい笑)と、感じる時は、フォロー外したり、ムカつくとブロックしたりする。

 

基本、こんな感じ。

 

家族関係をツイッターで考えてみると

夫は、好きになって結婚したわけだから、「フォロー」してる人。しかし、必ずしもフォロワーではない場合もある。あるいは、フォロワーであっても「常に」あるいは「熱心に」共感してくれるフォロワーであることは少ない。

さて、子どもはというと、欲しくて産んだものの、積極的にフォローしたい対象であるとは限らない。自力で生きていけない年齢の場合、産んだ責任があるので、もちろん面倒はみる。ある意味、フォロワーにならざるを得ないので、フォローしている。

厄介なのは、「いいね」や「お返事」を強要される事。これは、対夫についても同じだが、共感できないことに「いいね」するのは非常に苦痛を伴う。ましてや「お返事」など、したくもない時も多々あるのだか、「母親」とか「妻」という立場上、いやでもせざるを得ないのが辛いところ。

夫なら「ブロック」も可能だが、それも非常にエネルギーがいるし、苦痛が伴う。一大事業だ。

子供となると「ブロック」もできず、悶々とする。本当は「ブロック」したいのに、親であるがゆえに、そんな気持ちを持つことに罪悪感を感じるし、「ブロック」したい気持ちを抑え込むから、どんどん自分を追い詰めてしまう。

これは自分の「親」に対しても、同じことが言える。

私の場合、親はほとんど「ブロック」状態だが、本人には通知は行かない。これはツイッターも同じだが。

親は、自分の子供が、自分の「熱心なフォロワー」だと信じている(あるいは、強要さえする)が、少なくとも私は違う。(これには、いろいろわけがあるのだが、ここでは割愛する)

たいがいの人は、「そんなのはおかしい」「親に感謝も愛情もないなんて、人として・・・」と感じるだろう。それも確かに「正論」ではある。

しかし、よく考えると、親もこれまた、自分から積極的に「フォロー」した存在ではない。よく分からぬまま、その人のところへ生まれてきただけだ。

育てたのも、産んだ責任があるからだ。もっとも、そんな責任も感じず、産み落としてすぐに公園に捨てたりする事件も耳にするから、育ててもらったのは、ありがたいのかも知れないが。

 

要するに、言いたいことは、「母」とか「妻」とか「子供」とかいう「枠」に縛られて、「フォロー」もしてない相手に深い関わりや共感を求められるのは、私としては、とても苦痛なのだ。

 

自分でもよくわからずに、イライラしたり、気持ちが辛い時は、少し冷静な、ある意味、突き放した視線で物事を見てみると、楽になれるような気がする。

 

家族であっても、時々は、心の中で「フォロー」を外してみたらどうだろうか?それだけでも「イラダン」問題は、多少は解決すると思う。