ベンゾジアゼピン断薬への道のり

ベンゾジアゼピンの薬害や減薬・断薬のプロセスの中で思ったこと、性別役割分業意識とうつ病発症の関係について綴ります。

製薬会社の宣伝に乗せられ、多剤大量処方でうつ病が悪化した【双極性障害 完治しました】

育児で疲れ果てて動けなくなっただけなのに、病院に行ったばっかりに、うつ病にされて薬を飲まされました。薬はどんどん増え続け、具合は悪くなる一方。薬をやめたら健康になりました

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獨協医科大学越谷病院こころの診療科教授の井原裕先生が
公益社団法人 日本精神神経学会発行の精神神経学雑誌オンラインジャーナル第113巻 第12号(2011年)に書かれた
「特集 双極スペクトラムを巡って 双極性障害と疾患喧伝(disease mongering)」
を読み、やはり製薬会社の宣伝に乗せられたのだと確信しました。

原文へのリンクは、https://journal.jspn.or.jp/jspn/openpdf/1130121218.pdf

 

「うつは心の風邪」キャンペーンが、大々的に広まった時期だったので、病院に行ってしまいました。本当にバカでした。

 

長い間、10数種類もの抗うつ薬気分安定薬ベンゾジアゼピン抗不安薬睡眠導入剤などを、何の疑問も持たずにに飲み続けていたことは、とても恐ろしいことだと思いました。

 

15年以上も「うつ病」がよくならないという理由からか、診断は「双極性障害II型」に変更されました。一生薬を飲まないと再発すると言われ、信じてしまいました。

 

井原先生は、薬が全て悪いとは言っていません。薬が必要な病気もあります。でも、少なくとも双極性障害については過剰処方であり、「向精神薬による治療は,双極I型障害(躁うつ病)に限定するのはどうであろうか。」と書いておられます。

 

精神科の病気とは関係ありませんが、最近、インフルエンザの新しい治療薬「ゾフルーザ」を使った患者から、薬に耐性をもつ変異ウイルス(耐性ウイルス)が検出されたそうです。

 

聞き慣れない新しい病名や新しい薬には、用心したほうがいいです。

 

安易に薬を飲むのはやめた方がいいと、心からそう思います。

 

双極性障害の方は「一生薬を飲み続けないと再発する」と医者に言われている方が多いと思いますが、少なくともⅡ型の方には当てはまらないと思います。

 

医者に相談しても、そんな患者の意見は、全く取り合ってもらえない場合が多いと思いますが、少なくとも私は実際に薬をやめて元気になったのですから、生活指導などがあれば、やめられるし、やめたほうがいいと思います。

 

多くの方が、必要のない薬を飲まないで済む、まっとうな医療が提供されることを、強く望みます。

 

自己紹介

精神科通院歴23年。現在も通院中です。第2子出産後にうつ病を発症。薬を飲んでもうつ病は全く改善されず、考えられない程の大量処方で人格崩壊。双極性障害Ⅱ型にされました。
精神科医を信じて、一生薬を飲むつもりでしたが、ある人に「薬は飲まなくていい」と言われ、調べ始めたのがキッカケで、精神医療の闇に気付きました。
現在は、ベンゾジアゼピンのみ服薬中。7年後の断薬を目指して減薬中です。

こころの病をささえるコミュニティサイト「ここでいっしょに」を制作しました。
長い間、向精神薬を服用し続け、精神医療や精神科の医師に疑問や不満を持ち、薬の服用を不安に感じている方々のための情報交換の場となればと思い、制作しました。ご活用いただけたら幸いです。

www.koko-issho.com

当ブログは、ベンゾジアゼピン減薬・断薬の経過記録です。
※情報が正しいという保証はありません。
※減薬・断薬の経過は個人的なものです。

[記:2018年12月7日]

専業主婦とうつ病の二重の肩身の狭さ【双極性障害 完治しました】

今でこそ「うつ病」という病名は、だいぶ広まってきましたが、23年前は、あまり知られていませんでした。十分な休養が必要だったのに、健康な人と同じように家事をしなければなりませんでした。

 

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そもそも、専業主婦という立場を希望していませんでしたが、過重な家事育児労働が原因のうつ病で働けなくなってしまいました。専業主婦になりたくてなったわけではない上に、夫からも子どもからも下に見られるという肩身の狭さもうつ病が治らなかった一因です。

 

今でこそ「うつ病」という病名は、だいぶ広まってきましたが、23年前は、「うつはこころの風邪」と言われていた頃で、ほとんど理解されていませんでした。十分な休養が必要だったのに、健康な人と同じように家事をしなければなりませんでした。家事はやって当たり前だと思われていて、実際、夫にも、そして子どもにさえも、面と向かってハッキリとそう言われたこともありました。本当にショックでした。

 

子どもは、私がプログラマーとして働いていた時の姿を知らず、うつ病で満足に家事もできない姿しか知らないので、私を「何もできない人」と思っていて、子どもにさえも下に見られていました。

 

働きたくても、うつ病が治っていない上、家事で時間に制約があるため、短時間の単純作業の仕事にしか就けませんでした。プログラマーとして責任ある仕事をしていた時に比べたら、やりがいもなく、働けば働くほど、ますます自尊心も傷ついていきました。

 

専業主婦は、「家にいる」というだけで、「ヒマでしょ」「楽でしょ」と思われています。 「稼いでないから、自分のためにお金を使えない」「時間もお金も、全部家族が優先で、いつも自分は後回し。でも、我慢するしかない」という気持ちが先に立ってしまい、精神的に追い詰められていきます。

 

何重にも追い詰められているにも関わらず、家族には、理解されず、感謝どころか関心さえも持ってもらえません。健康な人でも、心が病んでしまいそうな、そんな生活を23年以上してきました。

 

でも、今は、長い間、そんなつらい生活をしてきたことに気がつき、「主婦」も「母」も「嫁」も「妻」も、全部やめました(離婚したわけではありません)。やっと自分の人生を生きることが許されました。だから、双極性障害も完治させることができました。

 

私は、このような自分の経験から、自分が何に苦しんでいるのかに気がつくことができれば、うつ病双極性障害も治るのではないかと思っています。

 

うつ病双極性障害が完治して、元気になる方が1人でも多くなるよう、願っています。

また、こちらのサイトでは、たくさんの方のご経験を募集しています。

www.koko-issho.com

  

自己紹介

精神科通院歴23年。現在も通院中です。第2子出産後にうつ病を発症。薬を飲んでもうつ病は全く改善されず、考えられない程の大量処方で人格崩壊。双極性障害Ⅱ型にされました。
精神科医を信じて、一生薬を飲むつもりでしたが、ある人に「薬は飲まなくていい」と言われ、調べ始めたのがキッカケで、精神医療の闇に気付きました。
現在は、ベンゾジアゼピンのみ服薬中。7年後の断薬を目指して減薬中です。

こころの病をささえるコミュニティサイト「ここでいっしょに」を制作しました。
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[記:2018年12月7日]

ずっとつらかった食事の支度【双極性障害 完治しました】

自分が無意識に持っていた性別役割分業意識によって無理に続けた家事が、うつ病の原因と治療の妨げでした。私は自分の経験から、自分が何に苦しんでいるのかに気がつくことができれば、うつ病双極性障害も治るのではないかと思っています。

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もともと、食べることに興味がなかったので、料理をするのは好きではありませんでした。それに加えて、うつ病で食欲がなく、思うように体も動かないし、頭も働かないので、メニューも考えられません。それでも、子どもには食べさせなければなりません。

 

うつが1番ひどかった時は、コンビニでお弁当を買っていました。子どもが幼かったので、申し訳ないと思いながらも、どうしても仕方がありませんでした。

 

うつが少し良くなってからも、食事の支度の時間になると、イライラがピークになりました。そんな状態の日々が毎日毎日、20年以上続きました。しかも、私の居場所は板の間でテレビもない台所だけ。ゆっくり休める自分の部屋もなく、横になるのも台所でした。

 

今思えば、そんな状況で、どうして我慢していたんだろうと不思議に思います。専業主婦で稼ぎがないし、うつ病で満足に家事もできていないという引け目があったから、我慢するしかないと思い込んでいたのかもしれません。

 

家族である夫と子どものために家事をすることは大切ですが、自分の健康と尊厳が保たれていなければ、その役割も十分果たすことはできません。私の場合は、その条件が二つとも保たれていませんでした。

 

結婚前から、性別役割分業には否定的な考えを持っていたので、なおさら、家事を「させられる」ことが、とても苦痛だったので、うつ病の原因のひとつには、そのことがあると思います。

 

今は、自分が無意識に持っていた性別役割分業意識によって、無理に続けた家事が、うつ病の発症や治療の妨げになっていたことに、やっと気がつくことができ、また、子どもも独立して、家事は自分の分だけをやればよくなったので、双極性障害も完治することができました。

 

私は、自分の経験から、自分が何に苦しんでいるのかに気がつくことができれば、うつ病双極性障害も治るのではないかと思っています。

 

うつ病双極性障害が完治して、元気になる方が1人でも多くなるよう、願っています。

また、こちらのサイトでは、たくさんの方のご経験を募集しています。

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精神科通院歴23年。現在も通院中です。第2子出産後にうつ病を発症。薬を飲んでもうつ病は全く改善されず、考えられない程の大量処方で人格崩壊。双極性障害Ⅱ型にされました。
精神科医を信じて、一生薬を飲むつもりでしたが、ある人に「薬は飲まなくていい」と言われ、調べ始めたのがキッカケで、精神医療の闇に気付きました。
現在は、ベンゾジアゼピンのみ服薬中。7年後の断薬を目指して減薬中です。

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[記:2018年12月7日]

仕事をやめて専業主婦になったことでうつ病に【双極性障害 完治しました】

私が結婚した約30年前は「男は外で働き、女は家庭を守るべきで ある」という性別役割分業意識が強い時代でした。専業主婦という立場はプログラマーとして働いていた私にとって、とても耐え難い環境でした。

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プログラマー業界は、長時間労働が常態化していました。今のように「男女雇用機会均等法」も「育児休業法」もない当時は、仕事を辞めるしか選択肢はありませんでした。というか、私自身が性別役割分業意識にとらわれすぎていて、他の選択肢を考えられなかったのです。

 

やりがいという点で、プログラマーという仕事は、主婦の家事育児という仕事とは比べものになりません。

なぜなら、男性であるか、女性であるかということより、成果物(つまり、プログラム)の善し悪しで判断されるため、女性であることがハンディにならず、周囲からも正当に評価されるからです。

そんな経験を9年間も味わってしまった私にとって、専業主婦という立場は苦痛以外の何ものでもありませんでした。

ついに精神的に追い詰められ、育児の重労働も重なって、うつ病になってしまいました。

 

ここで、主婦の家事育児が、なぜ苦痛なのか、仕事と比較してみます。

 

家事育児の場合

やって当たり前とされ評価されない

会社勤めのように明確な休日がない

働く場所が自宅なので、常に目の前に仕事があり、気持ちが休まる時間がない

ひとつひとつは簡単な作業のようでも、細かく雑多な作業が無限にある

育児は、子どもの命がかかっているため、精神的な重圧が大きく、しかも、責任の重大さが理解されずに、十分なサポートも評価も得られない

作業と作業の間の細切れな時間しか休息時間がない

自分のペースで生活できない

365日24時間、拘束時間である

病気になってまでも、夕食の準備や子どもの世話を強いられる

ほとんどすべてのことで、夫や子どもを優先せざるを得ない、あるいは、そうするのが当たり前だと自分も家族も思い込んでいる

収入がないため、夫の稼いだお金だ、という引け目から自分のためにお金を使うことに抵抗感がある。家族で外食に行っても、食べたいものより安いものを頼まないといけないという意識になり、自分の方が夫より立場が弱い気分になって、卑屈な気持ちなる

全体的に、自己評価が低くなる要素が多い

 

仕事の場合

目に見える成果物がある

顧客や上司・同僚など多くの人に喜ばれ、評価が得られる

報酬が支払われる

拘束時間が限られている

働く場所が自宅ではないので、プライベートと分離できる

自分で稼いだお金なので、堂々と自分のために使うことができる

病気や自己都合で休むことができ、休みの日は自由に過ごせる

与えられた業務を期限内に仕上げること以外に制約はなく、その範囲内で自分のペースを保つことができる

全体的に、自己評価が高くなる要素が多い

 

こうしてみると、専業主婦がいかに精神的に追い込まれる要素を多く含んでいるか、わかってもらえるのではないでしょうか?

 

一度でも会社で働いた経験のある方なら、専業主婦のような労働環境で働く気にはならないのではないかと思います。

 

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精神科通院歴23年。現在も通院中です。第2子出産後にうつ病を発症。薬を飲んでもうつ病は全く改善されず、考えられない程の大量処方で人格崩壊。双極性障害Ⅱ型にされました。
精神科医を信じて、一生薬を飲むつもりでしたが、ある人に「薬は飲まなくていい」と言われ、調べ始めたのがキッカケで、精神医療の闇に気付きました。
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[記:2018年12月7日]

うつ症状がつらい時にしてほしかったこと【双極性障害 完治しました】

うつ病の家族にどう接したらいいのかわからないという声をよく耳にします。うつ病だった私が、当時して欲しかったと思うことを書きます。

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とある集まりで、うつ病のご家族がいらっしゃる方からこんな言葉を聞きました。
「歯も磨かない、お風呂も入らない。どうしてそんなことができないのか理解できない」と。「もう諦めている」と言いながらも、怒りを抑えているように見えました。

 

それを聞いて、私だったら、こう答えたいと思いました。

 

あなたが、高熱を出しているとしたら、家族にどうしてもらいたいか想像してください。

あなたの家族が高熱を出していたら、どうしてあげるか、想像してください。

 

高熱を出している時に必要なのは、ゆっくりと落ちつける環境と暖かく消化のよい食事ではないでしょうか?そして「なにも心配しないでゆっくり休んでね」と言ってあげるのではないですか?

 

少なくとも、高熱を出している病人に向かって、「どうして、お風呂に入らないの?」とは言わないと思います。

 

うつ病は、熱もないし、咳き込んでつらそうというわけでもないし、まわりからは理解できないと思いますが、心も体も本当に弱っているのです。なにも心配しないでゆっくり休むことができれば、よくなるはずだと思います。

 

うつ病の時は「家族の負担になっている」「家族に迷惑をかけたくない」という思いが強く、なかなか自分から「こうしたい」と伝えることができません。

 

家族の「なにかしてあげられることはない?」「こうすればいいのに」という気持ちの押し付けが、ますますストレスを大きくします。ただただそっとゆっくり休ませてほしいです。

 

ただ、これはあくまでも私の場合です。

「死にたい」とか「自分には生きる価値がない」とかいう考えも浮かばないくらい思考停止状態だったから、今思えば、自殺に結びつかなくてよかったのかもしれません。

 

そんな考えが浮かんできてしまう方は、また、してほしいことが違うんだろうなと思います。

 

うつ病双極性障害が治った方や、今は落ち着いている方が、うつ症状がひどかったときにしてほしかったことを書き込んでいただけたら、今、うつ症状がつらい方やそのご家族の助けになるのではないかと思っています。

 

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精神科医を信じて、一生薬を飲むつもりでしたが、ある人に「薬は飲まなくていい」と言われ、調べ始めたのがキッカケで、精神医療の闇に気付きました。
現在は、ベンゾジアゼピンのみ服薬中。7年後の断薬を目指して減薬中です。

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長い間、向精神薬を服用し続け、精神医療や精神科の医師に疑問や不満を持ち、薬の服用を不安に感じている方々のための情報交換の場となればと思い、制作しました。ご活用いただけたら幸いです。

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[記:2018年12月7日]

うつ病発症から双極性障害完治までの大まかな経過【双極性障害 完治しました】

うつ病を発症してから23年、双極性障害と診断が変わってから約10年、気分安定薬をやめてから2年半、やっと自信を持って双極性障害は完治したと言える自分になれたと思います。発症から完治までの大まかな経過を書きます。

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23年前に発症したうつ病で、ベンゾジアゼピンを含むたくさんの種類の薬を飲んでいました。 転院も何回かしました。

どこの病院も、医者の口から出る言葉は薬の処方に関することばかりで、絶望していました。

 

13年くらいたった頃、ある病院で、うつ病から双極性障害に診断が変わり、徐々に薬の種類と数が減ったことで、副作用が減ったことが、回復の第1段階だったと思います。

 

薬もだいぶ減ってきた頃、病院で、カウンセリングを1年くらい受けました。1回40分くらいのカウンセリングを月に2回受け、しっかり話を聞いてもらえたのはとても良かったと思います。

 

そのうち、病院のデイケアに通うようになりました。はじめは認知行動療法の講座を受け、双極性障害についての勉強会やソーシャルスキルレーニング(SST)などにも参加しました。なによりも、同じような精神疾患の人たちと知り合いになれて、話ができたことはとてもよかったと思います。

 

デイケアに通い続けるうちに、仕事がしたいと考えるようになり、就労支援施設に通うようになりました。その施設はパソコンに力を入れていて、昔、プログラマーをしていた私に、プログラミング言語の勉強を勧めてくれた職員さんがいました。入門書を貸してくれました。施設のプログラムの空いた時間で勉強して、1ヶ月あまりで習得することができ、認定試験にも合格しました。この職員さんがいなければ、今の私はなかったと思います。本当に感謝しています。

 

その後、官公庁が進めていた主婦の再就職プログラムに応募したところ、ウェブ制作会社に就職することができました。国からの補助金でお試し雇用ができることと、主婦の再就職ということで、はじめは時短で働くことができ、働くのが怖かった私も、就職できました。

 

就職した後、カウンセリングを再開して、相談にのってもらっていました。何回かカウンセリングを受けるうちに、「働けているなら薬はやめても大丈夫」と言われました。医者の「再発しないよう一生薬は飲み続けるように」という言葉を信じていた一方、薬を飲み続けることに疑問を持ってもいたので、カウンセラーさんの言葉には驚きましたが、半信半疑で薬や病気について調べた結果、やめることにしました。

 

残念ながら、20年以上もベンゾジアゼピン系の薬を飲み続けていたことと、医者の理解が全く得られなかったことで、薬をやめるのにはずいぶんと苦労をしました。

私を双極性障害だと見立てた医者に見切りをつけて転院しました。転院先の病院では、発達障害という見立てになり、服用していたロナセンリーマスは飲まなくてもいい、これらの薬は依存性がないという言葉を引き出したので、ロナセンリーマスは、すぐに断薬しました。もう、2年以上経ちますが、精神症状は何も出ず、問題なく過ごしています。

 

ただ、ベンゾジアゼピン系の薬の減薬を始めた頃から、体の不調がひどくなり始め、会社に通うことができなくなり、退職しました。

 

そして、このコミュニティサイトを立ち上げました。

 

これが、私が薬をやめるまでの大まかな経過です。

 

薬をやめるのは、本当に難しいと思います。やめるためには、いろいろな条件が整っている必要があります。でも私は精神疾患は薬では治らないと思います。1人でも多くの方が薬をやめられるようにと願っています。

 

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現在は、ベンゾジアゼピンのみ服薬中。7年後の断薬を目指して減薬中です。

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[記:2018年12月7日]

自分だけの居場所が出来たことも完治の理由【双極性障害 完治しました】

自分の居場所は大切ですよね。家の中に心身ともにリラックスできる空間がなかったことになんの疑問も持っていない異常な状態だったことに最近まで気づかないでいた自分に驚いています。専業主婦でうつ病という肩身の狭さは想像以上に過酷だったと思いました。

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私の家は、3DKで、家族は4人でした。私以外の家族は、それぞれ自分の部屋がありましたが、私の居場所は台所だけでした。

 

寝るときは、娘の部屋に布団を引いて、テレビや照明のついた部屋でアイマスクをつけて寝ていました。

 

子供の頃から、1人で落ち着ける場所と時間を大切にしていた私にとって、とてもつらい環境でした。

 

そんな生活で、うつ病が治るはずがありません。

子どもが就職したので、出て行ってもらい、自分の部屋を確保しました。その頃から少しずつ病気が良くなってきました。

 

母親だから、妻だからと、いつも遠慮して、そんな状況でも我慢するのが当たり前だと思い、長い間無理な我慢をしてきましたが、やっぱりつらかったんだなと、やっと気が付きました。

 

治った理由は、他にもたくさんあると思いますが、自分の居場所が確保できたのは、大きな理由のひとつだと思います。

 

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