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ベンゾジアゼピン断薬への道のり

ベンゾジアゼピンの薬害や減薬・断薬のプロセスの中で思ったことを綴ります。

陽 信孝著『八重子のハミング』を読んで

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 11月8日に、NHKおはよう日本」で『八重子のハミング』という映画が紹介されました。

www.nhk.or.jp

『八重子のハミング』は、アルツハイマー病になった妻と、介護した夫の12年に及ぶ日々を「実話」を元に描いた作品です。

 

早速、図書館で本を借りて読みました。

 

日々、病気の症状が進行していく妻「八重子」の姿に戸惑いながらも、辛抱強く、優しく、愛情深く介護を続ける陽信孝(みなみ・のぶたか)氏と家族の姿に、本当に感動しました。

 

陽信孝氏は、講演活動をしています。本には詳しくは書いてありませんでしたが、アルツハイマー病とその介護についての講演会だと思います。講演会には、八重子さんを同伴していました。講演中に徘徊したり、時には歌いだしたりする姿を隠すことなく見せることで、アルツハイマー病やその介護について、多くの人達に理解を、また、同じように介護で苦しんでいる人達の勇気にもなっているのではないかと感じました。

 

本の中には、日々の「介護」という戦いについて、丁寧に描写されています。

 

私は、介護の経験はないので、本を読んで想像することしかできませんが、他人ごとではないと思いました。

 

今回、佐々部清監督が映画化されました。2017年には東京での公開も予定されているそうです。

 

yaeko-humming.jp

私は、陽氏が講演をすることによって、少しでもアルツハイマー病への理解を広めていこうという活動に、とても共感します。

そして、自分の事に置き換えて考えています。

それは、「向精神薬」による被害を社会に理解してもらうことができないかという事です。今、「向精神薬」によって、健康を害し、人生を狂わせてしまった人が大勢います。発達障害ADHD,その他様々な病名をつけて、幼い子供までが被害者です。

うつ病は、こころの風邪」と、製薬会社がキャンペーンを開始して以来、精神科への誘導と安易な投薬で、人間として当たり前の悩みを持っていただけの「普通」の人が、「精神病」になってしまう恐ろしさ・・・。

その恐ろしさを身をもって体験した私が、何かできないだろうか。

私は、これ以上精神医療による被害者を出さないために、何かできるのではないかと、『八重子のハミング』を読んで、改めて強く思いました。

 

まだまだ、いろいろな準備が必要だと思いますが、近い将来、そういう活動ができればと考えています。1人でも精神医療業界の被害に合う人が減るような社会が実現できればと思っています。

 

やっぱり!!精神病はねつ造だった!!

ベンゾ断薬を決意した時から、精神病はねつ造なのではないかとの疑問を持っていました。それを証明してくれる文献を見つけました。ぜひ、読んでください。

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日本語では知らされない精神医学の嘘

 

【向精神薬を飲んでいる方へ】家族との関係がうまくいかず悩んでいた私がやってみたこと

長い間、家族とうまくいかなくて悩んでいました。家は私にとって居心地のいい場所ではありませんでした。その原因は『向精神薬』でした。悪化した家族関係を修復したい!そこで『あいさつ』を実践することにしました。

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家族との関係がうまくいかない

結婚後、子供が産まれて、専業主婦になりました。そして病気になり、希望だった復職もできなくなりました。手探りの育児、際限のない家事、その大変さを理解しようとしない夫。

「本当は主婦なんてやりたくないのに・・」「こんなに毎日大変なのに誰もわかってくれない」

不満がたまり、口から出るのは愚痴、文句、嫌味ばかりです。夫も子どもも、要求や文句しか言いません。挙句はケンカ。毎日つらく、私にはどこにも安らげる場所がありませんでした。

 

向精神薬の怖さがやっとわかった

うつ病を発症してから20年間、様々な向精神薬を飲み続けてきました。しかし、薬を飲まなくなって1ヶ月半が経ち、今はとても気分が落ち着いています。

私はやっと自分が異常だったことに気が付きました。

薬を飲んでうつ病が良くなるどころか、際限なく薬は増え続け、挙句の果てには「双極性障害Ⅱ型」と診断されました。

常に落ち着かない精神状態。なんでもない物音や気配・言葉・態度に、悪意と敵意を感じ、いつもイライラ・ピリピリしていました。

理由のない苛立ちが心を支配し、しかも、自分ではコントロールができないので、無力感や自責感もあり、つらくてどうしようもありませんでした。

家族はもちろん、自分さえも、その原因が薬だとは思いもよりませんでした。『向精神薬』の怖さがやっとわかって本当によかった。我ながら、よく20年も生きてこれたものだと思います。

 

「あいさつ」は大事だと感じた出来事

我が家は、『あいさつ』がほとんどありませんでした。生活リズムもバラバラだし、家にいる時も、それぞれ自分の部屋にいる時間の方が多いのです。

ある休日、私がリビングにいたところ、夫が自分の部屋から出てきたと思ったら、何も言わずに出かけて行ってしまいました。目の前に家族がいるのに、「ちょっと出かけてくる」の一言もないのかと、私はとても悲しく、不愉快で、複雑な気持ちでした。

でも、そこで文句を言っても何も解決しないと思いました。責める事で他人を変える事はできないからです。

あいさつをして欲しいなら、声をかけて欲しいなら、まず自分が変わらなければ。

そうだ!これからは自分から声をかけてみよう!まずは『あいさつ』からやってみよう、と考えました。

 

「あいさつ」したら気持ちがよかった

笑顔で声を出して「あいさつ」すると、まず自分自身、気持ちがいいなと思いました。心が沈んでいる日でも、気持ちが少し上向いてくる気がします。

「あいさつ」されたら、相手も嬉しいし、もし、あいさつする相手が誰もいなくても、声を出すことで気分が良くなります。

返事をしてくれない時もありました。それでも、折れそうになる心に負けず、何度も「あいさつ」をしました。

夫が出勤する時、玄関まで出て行って「行ってらっしゃい」と言うようにしました。すると、「そう言って送り出してくれると頑張れるよ」と、嬉しそうに出かけて行くようになりました。

 

とにかく「あいさつ」だけをしっかりやる

余計な事は一切言わず、「あいさつ」だけ、しっかりやることにしました。

何かイヤな事を言われても、自分が悪いと思わず、「怒ってるな」「機嫌悪いな」程度に思って、「ごめんね」と言うことにしました。「ごめんね」がイヤなときは、「うん・・・」とか「そうだね」と言いました。

イヤな事を言われて、言い返さないと、すごく損したような、侮辱されたような気持ちがするし、言いたい事を我慢すると、後々まで辛い気持ちを引きずってしまいます。自分が責められていると感じてしまうからです。(特に『向精神薬』を飲んでいると顕著だと思います)

でも、言い返すとこじれるだけで、いい事はありませんし、怒っている時は何を言っても聞いてはもらえません。

しかし、怒ってイヤな思いをさせた相手が、何も言い返してこなかった上に、以前と同じように「あいさつ」してきたらどうでしょう?大体の人は、悪かったと思うのではないでしょうか?

 

イやな事を言われることが少なくなった

「あいさつ」を続けているうちに、イヤなことを言われることが、だんだん少なくなっていきました。飲み込んでいた不満や言い訳も、言う機会がなくなり、次第に考えなくなりました。

今は、少しずつ生きるのが楽になってきました。これからも「あいさつ」を続けていこうと思います。

 

最後に

心を病んでいる方にとって、家族との関係を悪化させる原因は『向精神薬』です。今現在、すぐには薬を手放せない方もいると思います。もちろん薬が必要な場合もあるでしょう。しかし、長期に服用すれば、悪影響しかないと、身をもって体験しました。

 

私の体験が誰かの役に立てたらと願って、これからもブログを書いていこうと思います。

 

ベンゾ減薬 経過記録 その1

前回の減薬失敗でひどくなった動悸は、服薬量を戻しても治まりません。転院して、やはり精神科医には頼れないと確信した私は、リーマスロナセンを断薬し、生活リズムを整えて、精神的に落ち着きを取り戻し、ベンゾジアゼピン減薬に再チャレンジしています。

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減薬前の服薬量

ベンザリン 2mg × 2錠
ハルシオン 0.125mg × 2錠

第1段階 2016年9月28日

まずは、アシュトン・マニュアル90%挫折しない睡眠薬の減薬・断薬方法(睡眠薬断薬.net)を参考に、ハルシオンベンザリンに置換しようとしました。一度に全部は無理なので、まずは、ベンザリンを1/4錠(0.5mg)増やしました。

<服薬量>
ベンザリン 2+1/4錠
ハルシオン 2錠

翌日は、アラームが鳴ってもなかなか起きられず、頭痛と強烈な眠気で起きていられませんでした。

第2段階 2016年9月29日

ベンザリンを増やした副作用がひどいので、今日は、ハルシオンを1/6錠(約0.021mg)減らしてみました。

<服薬量>
ベンザリン 2+1/4錠
ハルシオン 1+5/6錠

頭痛はありませんでしたが、全然起きられませんでした。予想以上にベンザリンを増やした影響は大きい大きいようです。やはりマニュアルに書いてある通りというわけにはいかないと痛感しました。

第3段階 2016年9月30日

第1段階、第2段階での失敗でやり方を変えることにしました。はじめに置換をするのをやめ、現在服用中のベンザリンをまず 0mg にすることを目標にしました。減薬量は1/16です。

<服薬量>
ベンザリン 1+15/16錠
ハルシオン 2錠

動悸は相変わらずですが、生活リズムも整い、週2日のペースで会社にも行けるようになりました。1ヶ月間の休職期間満了のため退職し、現在は同じ会社でパートで働いています。退職になった時は少しショックでしたが、社員としてフルで働いていた時と比べ、ストレスも少なく、減断薬には最適な環境になったと考えています。

第4段階 2016年10月7日

ベンザリンを 1/16 ずつ減薬するつもりで、実際は 1/32量の減薬だったことに気づき、服薬量を変更しました。

<服薬量>
ベンザリン 1+7/8錠
ハルシオン 2錠

しかし、翌日、翌々日と頭痛がひどく、治まる気配がないので、第3段階に戻すことにしました。

第5段階 2016年10月9日

<服薬量>
ベンザリン 1+15/16錠
ハルシオン 2錠

やはり、頭痛、肩こり、動悸がひどくなったまま治まりません。第3段階の1週間の調子がよかったので、気を良くしてしまったのでしょうが、現実はそう甘くありませんでした。焦ってはいけないと思い知らされました。

第6段階 2016年10月10日

また振り出しに戻りました。

<服薬量>
ベンザリン 2錠
ハルシオン 2錠

次の段階に向けて

以前、ハルシオンの強行な減薬で痛い目に遭ったので、今回は体と相談しながら、服薬量の調整を早めにすることができました。結局は振り出しに戻ってしまいましたが、そうして失敗を繰り返しながら、何年もかけて断薬するしかありません。中には一気に断薬をされる方もおられるようですが、私は私の納得したやり方で進めていこうと思っています。決して焦らず、それでも一歩一歩断薬へと向かっている気持ちがします。

医療の発達で救える命が増えた?

今朝、「医療の発達で救える命が増えた」というニュースが放送されていました。しかし、私は、このニュースにとても違和感を感じました。

妊娠中にチェックしてまで障害児を排除しようとするのはおかしいと思いますが、本来だったら流産なり死産だったであろうと思える命を、無理やり生かして、その結果重い障害を抱えて生きるしかなくなってしまうのは、自然の摂理に反しているのではないでしょうか?

 

また、本来だったら、死ぬ時期が来てるのにも関わらず、寝たきり状態にさせてまで無理やり生かすのは、本当に必要な医療の在り方なのでしようか?

 

本当は、誰もが気づいているのではないでしょうか?自然に逆らう事が、いい事なのか?医療の過剰な(?)発達で、人は本当に幸せになっているのか?

誰のための医療なのか?何のための医療なのか?

 

改めて考えてみた方がいいのではないかと感じたニュースでした。

 

 

 

転院と減薬再開

2ヶ月弱の静養期間を経て、再び、ベンゾジアゼピン断薬へ向けて始動しました。

 

転院の決心

 

8年間通っていた病院を転院する事にしました。長年の医師への不満や不信感に加え、ベンゾジアゼピン減薬に関わるトラブルで悪化した医師との関係を修復する事は不可能だと思いました。病院へ行くと考えるだけで、ものすごいストレスを感じます。とてもあの病院に通うのは無理です。

たまたま、ネットで調べ物をしていた時に見つけた病院へ行ってみる事にしました。その病院のホームページには、現在の精神科医療についての疑問や問題点など、医師の考えや治療方針が詳細に書いてありました。少しはマシな医者もいるかもしれないと、淡い期待を寄せる事にしました。

 

初診時の印象

 

幼少期からの生育歴、学校生活、仕事、結婚、育児、病気の発症、双極性障害への診断に至るまでの事などを事細かに聞かれました。今まで、病院でそういう事を聞かれたことがなかったので、この先生はわかってくれるかもしれない、まともな精神科医かもしれないと思いました。30分程度の問診では、本当に双極性障害かどうかは判断できないという事でしたが、ロナセンはいらないと言われました。私は、医師の言葉を信じて、ロナセンをやめました。2、3日すると、つらかった症状が少し和らいできました。

 

2回目の診察

 

今考えると何の根拠があったのか不明なのですが、医師から、「あなたは病気ではない」と言われました。薬もやめられると言われました。その時は単純に医師の言葉を聞いて「やっぱりそうだったのか」と、嬉しい一方、前の病院で、「あなたは双極性障害で、一生薬をやめてはいけない」と言われ続けていたので、戸惑いや不安もありました。とりあえず、リーマスはどのようなスケジュールでやめればよいかと聞いたところ、リーマスに依存性はないから、一度にやめても大丈夫だと言われました。今回も医師の言葉を信じて、一度にやめました。しかし、ロナセンをやめた時ほどには、すぐに変化はありませんでした。今回は、カウンセラーでなく、医師の言う事というのもあってか、それでも、あまり不安はありませんでした。

 

3回目の診察

 

リーマスはやめました」と報告としたところ、「いっぺんにやめたの?大丈夫かな?」と、言われてしまいました。大丈夫だと言ったからやめたのにと、腹が立ちました。「病気じゃないと言われて安心しました」と言ったら、「性格の問題の方が大変なんだよ」と言われました。事前にこの医院のホームページの「大人の発達障害について」というページを読んでいたので、たぶん発達障害の事を言っているんだろうと思い、「『大人の発達障害について』を読みましたが、どれも当てはまっていませんでした。」と言ったところ、「テストしてみようか?」と、言われました。まさかそんな事言われるなんて・・・。期待していただけに、とてもガッカリしました。

 

結局医者というものは・・・

 

どうやら今、精神医療業界では、大人の発達障害、大人のADHDなどが流行りのようです。まだ、3回しか診察を受けていませんが、診察の度に言うことが違うし、とても信頼できる医師ではないと判断しました。ベンゾジアゼピンの減薬についても、「自分で試してみて」と言うだけで、とても減薬指導など期待できそうにありません。しかし、リーマスロナセンをやめられた事はよかったと思っています。今は、精神的にはとても落ち着いていて、冷静にベンゾジアゼピン減薬に取り組める気がします。

 

減薬への再スタート

 

今回の転院で、「やっぱり医師、特に精神科医は信頼できない。」という事を再認識せざるを得ない結果となりました。そうは言っても、薬は急にはやめられないので、病院にもらいに行くしかありません。前の病院の時のように、余計な事を言って、医師との関係を悪化させ、行きづらくなってしまったのでは、安心して減薬はできません。ただ、自分の計画通り減薬を進められるよう、薬をもらえればよいのです。たとえ、発達障害と診断されようと、今となってはどうでもよい事です。次回の診察で何を言われるのか、正直不安はありますし、病院に行くのはストレスですが、あと5〜6年の辛抱だと割り切って、なんとか医師と上手く付き合いながら、減薬を進めていこうと思っています。

ふと思った、便利さや豊かさの代わりに失ったなにか

お久しぶりです。でんこです。

ここの所、身辺がだいぶ落ち着いてきて、ブログを書いてみようという気持ちになりました。

最近は、サプリやストレッチ、瞑想、規則正しい生活などを取り入れるようにして、比較的整った生活を送っています。

会社は、休職期間満了で退職はしたものの、その後も、パートで働かせてもらっています。

今日は、ベンゾジアゼピンの話ではないのですが、最近感じた事を書いてみました。

 

ふと、感じた事

 

昔は、電子レンジもなかった。

テレビも一家に1台しかなかった。

お風呂も、追い焚きやシャワーはなかった。

でも、だから、みんなで食卓を囲み、作りたての温かい食事を食べた。

せっかく沸かしたお風呂のお湯が冷めないように、声を掛け合って、一緒に入ったり、順番に入ったりした。

居間のテレビをみんなで囲んで、ワイワイ喋りながら見た。

今はどう?

みんな、自分の都合で、自分の好きな時に、1人で、電子レンジで温めて食べる。好きな時にシャワーを浴びる。自分の部屋でテレビを見る。パソコンやスマホをやってる。

確かにそれが自由なのかもしれない。

便利なのかもしれない。

「昔はよかった」なんて言う気はない。

確かに昔は、不便だったと思う。

だけど、そんな便利さや物の豊かさと引き替えに失ったものって、やっぱりあるんじゃないかな。

個人個人の自由は増えたかもしれないけど、人と人との大事な何かを失ったんじゃないだろうか?

家庭の中で、人との関わり方を学べない。そのまま外へと放り出されると、どうなっちゃうんだろう?

そんな事を思うのは、私が歳をとったからなのかな?

 

これから、ベンゾジアゼピンに関する事と共に、こんな感じで、思った事を書いてみようかと思っています。